乱反射の光跡 in hatenablog

なみへいのブログです。hatenablogヴァージョン。

2015年の陽は落ちて


2015年も、いよいよあと数時間で幕を閉じて、いよいよ2016年を迎えることになります。


9月27日までの通常国会が終わり、内閣改造後の臨時国会はなし。2016年は、年明け早々からの通常国会開催ということで、年が開けるなり国会論議が注目の的になりそうです。…なるでしょうか。なって欲しいとは思ってますし、ならないといけないと思える部分もあるのですが。


年の暮れを迎えて、ふと思いついたのですが。
もしかしたら「政治家が国民の意見に無関心」なのは、「国民が政治・政治家に無関心だから」だったりしないでしょうか?
根拠のある話でもないし、今ふと思いついただけなので、何の裏付けもない話なのですが。


例えば、新聞の軽減税率導入の議論において、新聞社・新聞業界にとっては注目するべき問題なのでしょうが、それは「市民」の視点から考えた時にどれほど注視されているのでしょうか。


あるラジオ番組で、ジャーナリストが語っていました。
「国民生活への負担軽減として軽減税率を導入する、と言うのなら、どうしてそれが食料品と新聞なのか。なぜ国民負担に直結するインフラ(水光熱費など)・医療への軽減税率は議論されないのか。今やインフラと言っていいほど普及しているネット・通信環境への軽減税率はなぜ議論されないのか」と。


まあ、「軽減税率論議」自体が、僕が思うには「軽減」ではなく「増税」であり、「一部増税されない品目がある」というだけなので、これを国民への恩恵とは思うことはできない議論ではある、と考えているのですが。


その他にもTPP(日本の産業と貿易、ひいては日本の経済の問題)であるとか、安保法制(日本の憲法との整合性の問題と、ひいては日本の国土・国民の防衛のあり方の問題)であるとか、様々な問題が解決することなく続いています。


来年の参院選では、もうすでに「自民党優勢」という記事が流れ始めています。自民党の3分の2以上の議席の獲得と、その後と憲法改正論議が、国会に上がろうとしています。
僕の中には、こうした流れに対して漠然とした危機感があり、その危機感については、自分自身もっとよく考えてみる必要がありそうだな、と思っています。


来年は、できるだけ、考える年にできたらいいな、と思ったりしますが。


日々の暮らしと政治との、見えるような見えないような繋がりは、普段は見えないようでいて確実に存在しているのではないかと。そうしたことを「見える化」できればいい、と思うのですが。
ま、少しずつ。できればいいな、程度しかできないのですが(笑)。


まずは、新年を静かに迎えることにします。
良いお年を。


P.S. あ、「今年なくなった方々 2015」、はてなブログの方で公開してます。
http://namiheijodee.hatenablog.com/entry/2015/12/30/184323